2013年11月30日土曜日

秋もおわり


暁寒不畏客程遙
満山紅葉満天星


 左の空白に絵を描くつもりで書いたんですが、
字があまり好きではないのでまた書き直すと思います。

 さて12月。
卒論の提出が近づいてきたのでしばらく筆は持たないことに決めました。

 悲しい。

2013年11月26日火曜日

密教


 私が猫を見るとき、猫もまた私を見ている。

 最近もう一匹茶色い猫が来るようになったんですが、
私に慣れていないので写真は撮らせてくれません。

 日当たりがいいから来るんだと思う。

2013年11月24日日曜日

夏目漱石の漢詩より


依稀暮色月離草
錯落秋聲風在林

ぼんやりした夕暮れ時、月は草の上に上がり
入り混じった秋風の音がして風は林の中を吹いている。


最近少しだけ上達を感じます。

2013年11月18日月曜日

アイソン彗星を見に行った。


 月が明るい夜だった。
朝の三時ごろに目を覚ますと、アイソン彗星を見に行く人がいたので連れて行ってもらった。



 


 ここは愛宕山の山頂付近。京都の町が見下ろせる。
途中通った林道がとてもバイオレンスで命の危険を感じたけれど大丈夫だった。
鹿が逃げていったり謎の小動物が逃げていったりした。

 

 私のカメラでも少し星が写る。
肉眼では観測できない星もチラホラ観測できたが、
光を長時間取り込むので夜闇が闇でなくなった。

 

 近くにはとても渋い木があってそれを星空に合わせて撮ろうとしたが失敗した。
とにかくカメラを安定させなければ画像がぶれるので、
膝と手でカメラをガッチリ固定してやった。

 一方、私を連れて行ってくれた人は三脚を使った。



 写真には撮れなかったが流れ星もいくつか見れた。
正直、流星群を近くの公園で見た日よりもしっかり見れたので、場所は大事だなと思った。

 

 街明かりが強い。街の方からアイソン彗星は出てくるので困った。
朝六時近くまで粘ったが、この日は結局アイソン彗星を観測することはできなかった。



 私が分かる数少ない北斗七星。

 七時前ぐらいに鷹峯まで送ってもらい、帰宅した。
連れて行ってくれた人は、日曜なのに仕事へ行った。政権が変わって、今はとても忙しいのだそうだ。
 
 お疲れ様です。

2013年11月6日水曜日

冬とやなせ

 寒くなりました。
今朝書いたものが、このごろ書いたものの内で一等賞でしたので載せます。


 少々前の話になりますが、ブルーグラスフェスティバルは無事に開催されまして、
昼から電車でノロノロと向かいましたら、フェスも終わりのころにたどり着いてしまいまして、

 それから一時間半ほど聞いておったのですが、これが随分こじんまりとしたステージでしたが、
老若男女入り混じって陽気な曲を聞く場所というのは良いものでした。
 誰でも居て良い空間というのは貴重であります。

 あと肉が旨かったな。

 昨日は朝早くに仮名書道の好きなおっちゃんと会いまして、僕が会う人はいつもおっちゃんおばちゃんばかりでどうしてだろうと思わないでもないのですが、
 
 これが良く喋る人で、甘い缶コーヒーなど奢ってもらいまして、神社仏閣巡りが好きな人でありますから連れて行ってくれないだろうかなどと思ったりしました。

 最近ついに須原一秀の「自死という生き方」を読んだのですが、これは人生を楽しめなくなったら死のうという本で、つまり身体機能が老いによって低下しそれが原因で幸せを味わえなくなることを何よりも恐れようという本ですが、

 これはきっと無理解の謗りを免れないでしょうが、そもそも自殺はいけないものでありますから、
一番良いのは幸せを味わえる内に寿命で死んでしまうことでしょう。

 お母さんも還暦を迎えまして、両親の寿命などというのを思ってみたりしましたが、
先日はバルーン、航空祭と随分楽しんでいるようですので、このまま楽しいまま死んでくれればそれが一番だなどと思ったりしています。

 そろそろ今日の文体が変で、なんなのだろうと思われている頃だろうと思いますので教えますが、



吉田拓郎の喋り方が良かったので、真似をしているのであります。

 そういえば一昨日でしたか百万遍の古本祭りに行きまして、書道の本を五冊買ったのですが、
内三冊が吉澤義則という人の本でありまして、あまり聞いたことのない名前だなと思ったのですが、
調べてみると、どうやら国語学者の方であるらしい。

 非常に古い本だったのですが、内容が非常に良いというか、先見の明があるというか、

 平成時代にいざ問題が起こって我々が慌てだしているのを、昭和時代から指摘し続けておった点が非常に優れていると思われ、ああ賢い人だなと思ったのでした。

 この本の以前の持ち主は、山口県に住んでいた国民学校の女教師であったようで、何故それが知れたかというと古い古いハガキが二葉本に挟まっていたからでありますが、

 差出人はこの女教師の教え子のようで、達筆に惹かれて読んでしまったのですが、その内容が身内の不幸事をつらつらと書き綴ったもので、なんだかいけないものを見てしまった気分になりました。

 そんなところです。