2013年1月31日木曜日

復活


全快ではないけど、ちょっとマシになって動ける。
具体的に言うと、半紙を切らしているので買いに行きたいんだけど、
それを諦める程度には具合が悪い。

今朝はずいぶん暖かい。

偉い先生が「書は理屈では書けない」とおっしゃっていて、そうなんだろうなあと思いつつも、
今僕と仲良くしてくださっている先生が理屈で書をしている人なので、
もやもやしている。

結局どちらが正しいかは分からないけど、

いやまあどちらも正しいんだろう。
相反する意見があったら、その中道を行くが吉らしい。

2013年1月30日水曜日

風邪

 風邪をひいてしまった。
荷物を受け取ってから葛根湯を飲んで、寝て、起きたところ。


 自分の所為とはいえ、この大事な時に風邪など、許せん。
全力で行け。

2013年1月26日土曜日

ツノゼミ


 なんとか眠らず、夜を迎えることが出来た。

 昨晩は洗濯しながら眠ってしまって、
目が覚めると洗濯物はゴミ袋(勿論未使用)に詰められ廊下に捨ててあった。
高校以来着ていなかった分厚い黒のコートを取り出すと、ホコリが酷かったので洗濯した。
すると更に酷いことになった。
ここの洗濯機ではよくある話だ。乾いたらガムテープで掃除してやろう。

 ツノゼミのツノって何故あるのかまだ分からないんだ、という。

 花が何故美しいのか、の議論で、
「それは進化の過程で必要とされた構造を突き詰めた形をしているからさ」
と言えるか言えないかの瀬戸際に、ツノゼミがいる。

 進化論が否定されると、僕の信じてる色々が危ない。
ヨコバイかよウンカかよ、と見まごうようなチビスケに…なんてことだろうか…。

(追記)
明日はホームセンターに行く

あかん


 以前から覗いていた昆虫写真を撮る方のブログに、佛大の名前が出ていたのでついついコメントしてしまった。ら、女子大生と勘違いされたらしい。
 
>若い女子大生のようだ。
>どんな返信を書いたらいいのか戸惑っている。
>文面から察するにきっと瑞々しい笑い声を発する人だろうと想像している。
>若さっていいな、そんな思いだ。

あかん奴やろこれ。
やんわり誤解を説く方法を思案中である。


 数日前から右手の指先に痺れがあって、特に小指が腫れていたのがやっと治まった、
と思う内に今度は薬指に痺れが走り始めた。次は中指だろうか。

 履歴書を書いたりレポートをしたりで徹夜したので、昨日は夕方に寝て、朝の三時ごろに起きた。
このまま起きておいて、今夜は正しく眠れば問題ないだろうが、あまり無理をするものではない。
何故無理をすることになるのかというと、やることなすこと後回しにしてしまうからに他ならないのだが…。


今朝はずいぶん寒い。


 目と芽、鼻と花、耳と実、歯と葉、頬と穂。
「上手い」と「旨い」と「美味い」が同じ音であることの意味を問う゜。
「うまい」という音の持つ意味の豊富さとか、その曖昧さとか、色々考えていかなければならない。
駄洒落とか親父ギャグとか、案外馬鹿に出来ないものだ。

 失われつつある感覚を取り戻そうとは思わない。
それがいかに美しかろうが、用に耐えねば価値は無い。

2013年1月23日水曜日

石川九楊「書」


 石川九楊著の「書」を読み終えた。
大学の講義で別著「書の宇宙」から印刷されたプリントを読むことがあり、
その内容も斬新で驚かされる。
 この本も素晴らしかった。石川九楊は巨人だ。

 読み進めるにあたって、途中からポストイットを導入した。
気に入った部分に漏れなく貼り付けていった。

 昔、「教科書の重要な部分に線を引きなさい」といわれて自分なりに引いてみたら、
線の引いていない部分がほとんど無くなったことを覚えている。
 その後のことは良く覚えていないが、多分叱られたのだろう。
今回ポストイットを貼り付けるにあたって、「やたらに貼るのは…」などと考えてしまった。

 もちろんそんな考えは馬鹿らしいので、無視して大量に貼り付けた。

 写真で言えば下の方が本のはじまりで、上に向かうにつれ終わりに近づく。
ポストイットの量の分布に差異があるのは、
前述したとおり途中から導入したということもあるけれど、
何より僕が「重要なところの選別」に慣れていない、これが原因だろう。
 あとどれだけ丁寧に読んだか、というのもあるかもしれない。

 このポストイットの分布はつまり、
その時の僕の「本・文章・文字」に対する目線の変化や、
その時の僕の「本を含む周辺環境」への意識の変化を、
写真では、下から上に進む時間軸の中に可視化している。

 だから、このポストイットの集合は、いかにも「書」的だ。
書とは、このようにして作られている。

2013年1月22日火曜日

目が覚めたばかり

 昨夜はいつ眠ったのかの記憶が無い。
気付いたら布団の中にいて、時計を見るとAM7:00。
慌ててレポートを仕上げて昼から大学へ行った。

帰宅してすぐに眠ってPM9:00に目が覚めた。

 眠っている間に、『大学の漢文の先生がツイッターにて某「恨み辛みを書く小説家」と論争をしているから見よ』というメールが友人からあった。
覗いてみたら、全く論争ではなくて、仲の良さ気な会話だった。
 普段大人しめな先生がツイッターでは活発のを見て、
ずいぶん歳の行かれた方だけど、若者を感じた。

 昨日あった哲学の講義で、あまり語らないこと、聞くことに徹し行動することというのを述べられた。
これについては一度長ったらしい記事を書いたのだが、自分宛てのメモとして下書き保存するにとどめることにした。

 こうして意識して語ることをやめると、その他の手段について考え始める。
何か作りたいと思った。

 明日はエントリーシートと履歴書をトンボ鉛筆に送らなければならない。
眠気覚ましに、証明写真を撮りに外へ行こうか。
あの撮影機はまだ動いているんだろうか。

 京都は今夜も雨だ。

2013年1月21日月曜日

吊り上げ


 筆を吊り上げるということが出来るようになった。
この一枚には使っていないが。
写真には一番見栄えの良かったものを選んでいるのだ。

 せっかく書いたのに、今日の勉強会は中止になった。間の悪いこと。
まあ、ゆっくり書けるようになったと思えば。

 学校帰りに食料の買出しへ行ったのだが、ジャガイモを買い忘れていた。
ガスボンベも残り少ないことだし、再び出かけようかと思っている。

 今夜は雨が降っている。暖かいのかもしれない。

2013年1月20日日曜日

就活


 あれやこれやと好き勝手しているうち、ついにそういう時期がきてしまった。就活だ。
早ければ四月中旬に内定が出るものらしいが、頭も学歴も大したことないから期待はしていない。
 面接などで声が聞き取りづらくなるのを懸念して、先日から音読で読書を進めているのだが中々よい。
黙読より頭に入る気がするのは、恐らく一字一句細やかに見ているからだろう。
あと、読めない文字があると「んぅあー」みたいに読むことになって気持ち悪いのでめっちゃ辞書引くようになる。

 「侘び」について少し理解が不十分な気がしていたので、補足的に武野紹鴎の本を読んだ。
「わび茶」の流れとしては村田珠光⇒武野紹鴎⇒千利休ということらしいので、時代を遡って学んでいることになる。しかし以前に書道史を学び、始まりである甲骨から見ずんば(ズンバ!)様々な見落としが起こることを思い知っているので、このやり方は不味いかもな、とか。
 いずれ村田珠光も齧るなり舐めるなりせねばなるまい。

 原研哉さんの「白」という本を読み終え、今は石川九楊先生の「書」を読んでいる。
二人とも、「白」に関して全く同じ意見を語っていて驚いた。
京大の物理学名誉教授が、石川九楊先生の語る「白」に対して「真空と似ている」と語った逸話もあり、ああ、全てたどりつくところは同じなのだなとも。

 就活の話だが、筆記用具を作る会社に興味を持ち始めて、就職出来る出来ないは別にしてひとまずエントリーをした。
石川先生の言う筆蝕を踏まえて、時代は、
「文字を刻する時代(ノミ)⇒文字を書く時代(筆)」から
「文字をなぞる(滑らせる?@適切なものが思いつかない)時代(硬筆)」へと変化しているように思う。
 刻する時代から書く時代への変化については「書」で詳しく語られていてはじめて了解した。
また、明治期からの教育の変化によって書く時代が失われていく様は、拾い物だが(http://www.pp.iij4u.or.jp/~natsumi/j/article/article4.html)に分かりやすくまとめてある。

 「書くことは考えること」というのはまさにその通りで、どこで見たのだったか忘れたけど、
「我々は書くとき、頭ではなく筆先でものを考えている」。
 その筆先の機能を、現代の筆記用具に復活させてみたい、とかなんとか。

 いわゆる「書き味」という概念があるが、「書きやすい」というのが「筆が滑りやすい」に変わったのはいつごろからのことだろう
私たち書をする者にすれば「書き味」は「筆触」「筆蝕」のことであり、「書きやすさ」とは、ある程度の抵抗を伴ったものに違いないので、違和感。
たぶん、習字を学ぶ子供の筆圧が高いのは、「書く」ということが抵抗を伴ったことであることを知っているからだ。

 そんな感じで、今夜は色々が頭をぐるぐるしていて眠れず、ああああ朝を迎えてしまった。
あとで二条駅の本屋へ行って、ついでにいくつか必要なものをそろえようと思っている。
明日は勉強会で、先生と約束したから、臨書をあと七枚くらい仕上げないといけない。
でも半紙を切らしているから、購買が閉まっていたら、詰みである。

あーあー。

おはよう。



(追記)
 今まで飽き症に任せてふらふらしていた当ブログですが、ついに落ち着くところを見つけました。
ただの日記ですが、主に僕の両親への「生きてます」報告用ブログとなります。
というのも、それ以前にその機能を持っていたブログにログインできなくなったためであります。PWが分からん。
 まあ、書くことは今まで通り適当ですし、今日のように長ったらしいものもあれば短い日もありますでしょう。
 また、コメントをいただけると、僕の両親的には「良かった!友達がいるのね!」という感じで、安心すると思いますので、よろしくコメントください。
 あと誰でも良いのでラーメン食べに行きたくなったらとりあえず僕にメールください。